「いただきます」はいつから?子供に伝えたい歴史と意味の変化
はじめに:子どもたちの「なぜ?」に答える
子どもたちから「どうしてご飯の前に『いただきます』って言うの?」と聞かれたとき、皆さんはどのように答えているでしょうか。単なる習慣としてではなく、その言葉に込められた深い意味や、いつから言われるようになったのかといった歴史を知ることは、食に対する感謝の気持ちを育む上で非常に大切です。
この記事では、「いただきます」というあいさつが日本の歴史の中でどのように使われ、どのような意味を持つようになったのかを、子どもたちにも分かりやすく伝えるためのヒントを交えながら解説します。
「いただきます」の元の意味を知る
「いただきます」という言葉は、もともと食事のあいさつだけに使われていたわけではありません。日本語には、「頂く(いただく)」という言葉があります。これは「もらう」「食べる」「飲む」といった行為を、自分より身分の高い人や、尊敬する相手に対して行う場合の謙譲語です。
例えば、「先生から本を頂く」と言えば、「先生から本をもらう」という意味になります。
では、この「頂く」がどうして食事のあいさつになったのでしょうか。
神様や自然への感謝から始まった言葉
昔の人々は、食べ物が自分たちの手元に届くまでには、たくさんの力や命が関わっていることをよく知っていました。お米や野菜は太陽の光、雨、大地といった自然の恵みがなければ育ちません。魚は海や川の恵みです。そして、それらを育てたり、獲ったり、調理したりする人たちの力も必要です。
さらに、食べ物の中には、私たち人間と同じように命を持って生きていたもの(動物や魚、植物など)も含まれています。
こうした自然の恵みや、食べ物になってくれた動植物の「命」、そして食べ物を作るために力を尽くしてくれた人々への感謝の気持ちを表すために、「頂きます」という言葉を使うようになったと考えられています。
これは、まるで目に見えない大きな存在(神様や自然など)から、食べ物という恵みを「頂いている」と感じる気持ちを表していたのです。手を合わせる習慣も、この感謝の気持ちや祈りの表れと言われています。
食事のあいさつとして広まった時期は?
では、「いただきます」が食事の前のあいさつとして広く言われるようになったのは、いつ頃からなのでしょうか。実は、「この時代から始まった!」と明確に特定するのは難しいと言われています。
歴史の記録を見ていくと、武士の時代には、食事の前に神仏へ感謝する習慣があったことが分かっています。また、江戸時代には、人々が食べ物への感謝を表現する様々な習慣があったようです。
しかし、現代のように子どもから大人までが当たり前のように食事の前に「いただきます」と言う習慣が定着したのは、比較的近代になってからのことだと言われています。特に、学校教育の中で食育が重視されるようになるにつれて、食べ物への感謝を表す言葉として「いただきます」が広く教えられるようになり、日本の食文化の一つとして定着していったと考えられます。
時代とともに、感謝の対象は神様や自然だけでなく、「食べ物そのものの命」「作ってくれた人」「運んでくれた人」「料理してくれた人」など、より具体的なものへと広がっていったと言えるでしょう。
子どもたちに伝えるときのポイント
子どもたちに「いただきます」の歴史や意味を伝えるときには、以下の点を意識すると良いでしょう。
- 「頂く」の元の意味を教える: 目上の人から何かをもらうときに使う言葉であることを、簡単な例(例:「校長先生から賞状を『いただく』」など)を挙げて説明します。
- 感謝の対象を広げる: 食べ物になってくれた動物や植物の「命」、そしてお家の人や給食のおじさん・おばさんが「作ってくれたこと」への感謝の気持ちを伝えます。「みんなは誰に『ありがとう』って言いたいかな?」と問いかけてみるのも良いでしょう。
- 昔の人々の気持ちを想像する: 「昔の人たちは、今みたいにいつでも食べ物が手に入るわけじゃなかったんだよ」「だから、一つ一つの食べ物をとても大切にしていたんだね」など、当時の人々の暮らしや食べ物に対する気持ちを想像する話をすると、子どもたちは興味を持ちやすいです。
- 自分たちの生活と結びつける: 学校の給食では、作ってくれる方々への感謝を伝えること。家庭での食事では、準備してくれた家族への感謝を伝えること。具体的な場面と結びつけて話しましょう。
まとめ
「いただきます」という食事のあいさつは、単なる形式ではなく、日本の人々が古くから大切にしてきた「命への感謝」「自然への感謝」「人々への感謝」の気持ちが込められた言葉です。
その歴史を知ることは、子どもたちが食べ物を大切にする心を育むことにもつながります。ぜひ、食卓や学校での食事の時間に、この言葉の深い意味について子どもたちと一緒に考えてみてください。そうすることで、日々の食事がより豊かな学びの機会となるでしょう。