食卓に学ぶ感謝の心:「いただきます」に込められた人へのありがとう
はじめに:食事のあいさつに「人」への感謝を見つける
日々の食事の際にかわされる「いただきます」や「ごちそうさま」といったあいさつは、日本の食文化において大切な習慣の一つです。これらの言葉には、単に食事を始める合図や終わりの区切りといった表面的な役割だけでなく、深い感謝の気持ちが込められています。多くの場合、私たちはこれらのあいさつが「食べ物への感謝」、つまり私たちの命となる動植物への感謝を表していると教えられてきました。それは確かに重要な側面です。
しかし、食事のあいさつに込められた感謝の心は、それだけにとどまりません。私たちが食卓につくまでに、数多くの人々の働きがあります。食材を育てたり獲ったりする人、それを加工する人、お店に並べる人、調理する人、そして食卓を共にする家族。これらの人々の存在と努力があってこそ、私たちは美味しい食事をいただくことができるのです。
本稿では、「いただきます」「ごちそうさま」という食事のあいさつに込められた、食べ物(命)への感謝と並ぶもう一つの大切な側面、すなわち「人」への感謝について焦点を当てます。そして、この視点を子供たちにどのように伝え、食卓や学校給食の時間を通して豊かな心を育むことができるのか、小学校の先生方が授業や日々の指導に活かせるヒントを提供いたします。
「いただきます」と「ごちそうさま」が伝える「人」への感謝
食事のあいさつは、食べ物そのものへの感謝の気持ちを示すと同時に、その食べ物を私たちのもとへ届けてくれたすべての人々への敬意と感謝の念をも含んでいると考えることができます。
「いただきます」に込められた人々の働き
「いただきます」は、まさにこれからいただく食事への感謝を表す言葉です。これには、私たちの命となる食べ物(動物や植物)の命をいただくことへの感謝がまずあります。しかし、その命が食卓に並ぶまでには、様々な人々の手がかかっています。
- 育てる人: 農家の方が一生懸命に野菜を育てたり、漁師の方が海で魚を獲ったりします。家畜を育てる畜産農家の方もいます。天候に左右される大変な仕事です。
- 作る人・加工する人: 収穫されたものや獲られたものを、食べやすい形にしたり、美味しく加工したりする人がいます。お米を精米したり、魚を干物にしたり、パンを作ったり、お豆腐を作ったりする人たちです。
- 運ぶ人: できた食材や加工品を、遠く離れたお店や私たちの家まで安全に届けてくれる人がいます。トラックの運転手さんや、流通に関わるたくさんの人たちです。
- 売る人: スーパーや八百屋さん、魚屋さんなどで、私たちが手に取れるように商品を並べてくれる人がいます。どこのお店でも、品物をきれいに並べ、気持ちよく買い物ができるように工夫してくださっています。
- 調理する人: 食材を美味しく、安全に調理してくれる人です。レストランの料理人さん、学校の給食調理員さん、そして多くの場合、お家でお料理を作ってくれるお父さんやお母さん、家族の方です。
「いただきます」と言うとき、これらの人々の顔や仕事を思い浮かべることは、子供たちに感謝の気持ちをより具体的に理解させる助けとなります。「このご飯は、農家さんが一生懸命お米を育てて、運んでくれる人が学校まで持ってきてくれて、調理員さんが美味しく炊いてくれたんだね。みんなありがとう!」といったように、具体的な人の働きを言葉にすることで、感謝の対象が広がることを伝えられます。
「ごちそうさま」に込められた労いと感謝
「ごちそうさま」は、食事を終えたことへの感謝の気持ちを表す言葉です。「ごちそう」という言葉は、漢字で「馳走」と書きます。「馳走」はもともと、客をもてなすために馬や車を走らせて準備に奔走するという意味がありました。つまり、食事を準備するために忙しく走り回るほどの苦労や手配があったことを指しています。
この言葉が食事のあいさつとして使われるようになったのは、食事を用意するために費やされた時間、労力、心遣いに対する感謝を表すためです。特に、家庭で食事を作ってくれた家族に対して「ごちそうさま」と言うことは、「私のために美味しい食事を用意してくれて、ありがとう。大変だったでしょう。」という労いと深い感謝の気持ちを伝えることになります。
子供たちに「ごちそうさま」の意味を伝える際は、「馳走」の難しい説明よりも、「食事を作るために、材料を買ってきたり、洗ったり切ったり、火を使ったり、いろんな準備をしてくれた人の『ご苦労様でした』や『ありがとう』の気持ちだよ」と伝える方が分かりやすいでしょう。給食の場合であれば、「給食を作る調理員さんや、献立を考えてくれる栄養士さんが、みんなのために一生懸命考えて作ってくれた料理に感謝する言葉だよ」と説明できます。
子供たちへの伝え方と授業へのヒント
食事に関わる「人」への感謝の視点は、子供たちの社会性や共感性を育む上で非常に有益です。以下に、小学校の先生方が授業や日々の指導に活用できる具体的な方法をいくつかご紹介します。
1. 食事に関わる「しごと」を知る活動
食卓に並ぶ一品一品が、どのような人々の仕事を経て届くのかを、絵カードや写真、短い動画などを用いて紹介します。 * 例:「お米ができるまで」の絵本を読む * 例:野菜を育てる農家の方、魚を獲る漁師の方、パンを焼くパン屋さんなど、様々な「食」に関わる人々の写真を見せる * 例:給食の時間は、食材を洗ったり、切ったり、炒めたりしている調理員さんの様子を想像してみる
これらの活動を通して、「食べ物は、誰かのお仕事によってできているんだ」「たくさんの人が関わっているんだね」という気づきを促します。
2. 感謝の気持ちを言葉にする・行動で示す練習
「いただきます」「ごちそうさま」の言葉に、具体的な感謝の気持ちを付け加えてみる練習をします。 * 例:「お母さん、美味しいカレーを作ってくれてありがとう、いただきます。」 * 例:「給食の調理員さん、今日も美味しい給食をごちそうさまでした。」
また、感謝を行動で示すことの大切さも伝えます。 * 例:食事の準備や片付けを家族と一緒に行う * 例:食べ物を残さず大切にいただく
3. 役割体験やごっこ遊び
食事ができるまでの過程を、簡単な役割体験やごっこ遊びとして取り入れます。 * 例:「畑で野菜を育てる人」「お店屋さん」「コックさん」などの役割になりきって、食べ物を作る大変さや楽しさを体験する * 例:給食当番の活動を通して、配膳の大変さや協力することの大切さを学ぶ
体験を通して、食事に関わる人々の立場を理解し、感謝の気持ちを育むことができます。
4. 献立に込められた思いを考える
給食の時間などを活用し、献立に込められた栄養士さんや調理員さんの思いについて話します。「みんなが元気になるように栄養バランスを考えてくれたんだね」「苦手なものでも食べられるように工夫してくれたんだね」といった視点を持つことで、作る側への感謝の気持ちが深まります。
まとめ:食卓は感謝を学ぶ場
「いただきます」と「ごちそうさま」という食事のあいさつは、単なる習慣ではなく、食べ物の命、そして食事に関わるすべての人々の働きに対する深い感謝の心が込められた素晴らしい文化です。子供たちにこの「人」への感謝の視点を伝えることは、食べ物を大切にする心、周囲の人々への敬意、そして社会とのつながりを感じる心を育む上で非常に重要です。
小学校の先生方には、日々の授業や給食の時間を通して、子供たちが食卓に隠されたたくさんの「ありがとう」に気づけるような働きかけをしていただければ幸いです。食べ物の背景にある人々の努力に思いを馳せることで、子供たちの心はより豊かに育まれていくことでしょう。食卓が、単に食事をする場としてだけでなく、感謝の気持ちを学び、人間関係を深める温かい場となるように、これらのあいさつの意味をていねいに伝えていくことが大切です。